川本幸民祭りの報告

2005年9月19日
’05年9月18日、からりと晴れた青空の下、三田駅前キッピーモール  オープンの向こうを張って、三田本町通りセンター街を中心に、川本幸民祭りが 開催された。
今回は本町通りセンター街主催で、関西学院大学本町ラボ、ドラマ九鬼奔流で 町おこしをする会で実行委員会を設け、きりえの会”ヌーベル”や三田永澤寺 蕎麦道場などのボランティア団体が参加の下、三田が生んだ大学者、川本幸民 を多くの市民に知ってもらおうと、文字通り、手作りで開催されたが、フェース ・ツー・フェイスで心の通い合うお祭りとなった。
各商店の軒先には色とりどりのの提灯がぶら下がり、街路灯の電柱には手作りの 「幸民まつり」と書かれた旗が翻る。
沿道に並べられた十数点の三田偉人肖像画が人目を引く。三田はこんなに大勢の 優れた人材を輩出したんだと、通り掛かりの人達が話し合い乍ら通り過ぎてゆく。
新しくできた人気スポット、三田ほんまち交流館”縁”の店先ではそば打ち愛好会 のメンバーがそば打ちの実演を行い、大勢の人達が鮮やかな手捌きに見入っていた。
私も早速試食してみたが、本日は”二八”ならぬ”一九そば”とのこと。風味良し、 歯ごたえ良し、のど越し良しと、まことを以って言うことはございませんでした。
中に入ると、奥にある画廊できりえの会”ヌーベル”の作品展、「川本幸民物語」 の展示があり、丁度そこではボランティア団体による紙芝居が行われており、大勢 の子供達が集まって熱心に見入っていた。
さて、当九鬼奔流の会や如何に!
我々は新しくオープンしたプチホールにて展示会を行ったが、会場は公衆トイレの 奥で、しかもうなぎの寝床の如く、間口は狭く目立たないため、客引きに苦労した。
そこで、サントアンから差し入れの銘菓、”幸民ケーキ”を無料で大判振る舞い。 来場者にもれなく振舞ったところ、通り掛かりのウォーキングの高齢者ご一行は 思わぬサービスに大喜び、歴史よりもケーキ談義に花を咲かせていた。
そして、今回注目の川本幸民化学の実験教室は?
関西学院大学ピースハンターと、大阪大学TEKIJUKUのメンバー5名が担当、 子供づれの家族や子供達の人気を集めていた。今回の出し物は、段ボール箱による 空気砲、燃えない紙コップや風船、そして静電気による恐怖の”百人おどし”。
空気砲、燃えない風船まではよかったが、百人おどしには皆さん興味ありながらも、 思わず腰が引けていたようだ。
ところで、町衆の動きに目を転じてみよう。
何人かの男達が集まって、路上で何かを作り始めた。そして瞬くうちに出来上がった ”三田まぼろし城”。このお城こそ、江戸時代は三田藩の悲願、そして今は旧市街地 町衆の悲願である。
町衆の創意工夫とは!
町衆はなんといっても人との交わりを大切にするのです。”フェイス・ツー・フェイス” こそ、商売の原点。そんな気持ちが、このようなところにも現れている。
正に手作りのもぐら叩き!心温まる一コマである。
そして、今回の目玉は!
そう、出石市からはるばる出張出演の人力車!三田本町通りは自動車道路が貫通する のではなく、人力車が似合う町であって欲しい。そんなメッセージが伝わってくる。
たった一台ではあったが、存在感は十分だ。小林会長、高田副会長も試乗してみて、 思わずにっこり、古きよき時代に思いをはせた。でも、人力車には美人の方がお似合い ですね。
やがて迫り来る夕暮れと共に、軒の提灯に火はともり、沿道には本町ラボの学生達に よる竹灯篭に灯がともった。三田ほんまち交流館”縁”では学生たちによるライブ 演奏が始まっていた。
今回訪れた人は少なかったかも知れないが、来てくれた人達の何人かは川本幸民が 黒船の恐怖から日本を救った大恩人であることを知り、改めて川本幸民の偉大さ、 魅力を感じ取ってくれたと思う。人が人を呼び、集まった人達が、出来る事を出来る 範囲で参加し、年々大きく成長していく、そんな手作りのお祭りであって欲しい。
5年後の、川本幸民生誕200年までに、このお祭りがどれだけ成長するかが楽しみだ。