私はもうすぐ80歳になるんですが、
元々は化学をやっていました。 年をとってくるとロマンというものに興味を持ってきます。
昨日はお登勢というテレビドラマを見ていましたが、昨年は宮尾登美子さんの小説、「櫂」、
「春灯」とか、その場所を訪ね歩いて、宮尾さんにもその後アルバムを差し上げましたが、
去年は高知文学館で杉本園子さんの後に少し喋らされたりなんかしたんですがね。 また、
理科の人が何で文学の事を喋るのか、今日も高田さんのような立派な郷土史家の後に出るの
はおこがましいのですが…。
さて、私は化学でも電気の方をやっていたんです。 西洋の方のね。 来月も化学史学会が
あるんですが、別に化学でなくても誰でもロマンを抱えて生きている訳です。 一生を振返って
みますとね。 そうすると、川本幸民に関する事について、私、金沢大学に25年間居て、
定年になってこちらに帰ってきましてね。 たまたま、日本科学史学会でこの化学新書が有名
なんだけども、学士院に1冊あるだけで読めないんですよ、学士院に行かないと。 そして、
学会で復刻しようという事になって、誰かが色々交渉しなければならんし、私が担当する事に
したんです。 それで、蘭学といって、オランダが随分進んでいた様に思えますが、実はそう
ではなくて、オランダは通商国で、蘭学は主としてドイツですが、ドイツなどの本を翻訳して
各国に配ると言う役をしたんです。 日本では蘭学といって、如何にもオランダに学者か多く
いるように思われがちだが、通商国なんです。 日本はそれを取り入れたから蘭学が非常に
重要なんです。 ルーツを訪ねればは、私はドイツなど2回ばかり行きましたが、ターラント
と言うところにね。 そういう事で、川本幸民については私も化学史学会員だから、僕はとも
かく、落ち穂拾いでもいいから調べようと、全て調べてこの本を作ったんです。 4〜5年前
に講演会があって、或いは来られた方もいるかもしれないが、川本幸民のことなら少しはお役
に立てれるかもしれない。 そして、新聞で野上さん達がこの活動をしているというのが出て
いたんですよ。 そして、年末12月31日だったと思いますが、電話を掛けて、どうなって
いますかと聞いてみたんです。 すると、未だやってますよ。 また、1月に会議をやるんで
出て下さいと言われて、その時出てみたんです。 その時、前もって送ってもらった議事録に、
全員、今までの検討結果から、テーマとストーリーを出しましょうという提案が出ていたんで、
私も出席するからには宿題があるなら持って行かねばと、持って行きましてね、それを後でき
れいにワープロしたのがそこに掲示しているものです。
先程、高田さんがお話されたように、三田
には色々な歴史があるんですよ。 しかし、大河ドラマというのは単に、歴史を説明すればよい
というのではないんですよ。 ドラマには緊張関係が必要なんです。 そうすると、川本幸民で
一つ考えられるのは刃傷沙汰、赤穂浪士でもあったでしょ、あの刃傷沙汰が川本幸民にもあり、
その原因には何かがあるんです。 それは川本幸民を重用した殿様、九鬼隆国と、西洋医学より
も漢方医学を勧めた九鬼隆徳という、親子の対立なんです。 今でも有りますよね、時々。
現代の問題が全て含まれているんです。 先程、家督騒動の問題もあったけれども、現在の兄弟
でも争う人が居る。 現在の問題になぞらえて、自分達を見直し、ドラマを見る事に依って教訓
を得るところがある。
それから、女性が出るところがいい。 大河ドラマに女性が全然でなければ面白くなくて、誰も
見ないですね。 矢張り女性の俳優が出てそういう事をやって…。 それで、面白いのがここに
有りますが、青地林宗といって、如何にも学者肌の、余り何だかだと言わない専門家だ。 其の
人の娘さん、まあ、割合早く亡くなるんですが、その長女は川本幸民が弟子入りした坪井信道の
お嫁さんになったんです。 次女はまた、伊藤玄朴という蘭学者に嫁いだ。 つまり、長女のご
主人が蘭学者としてしっかりした軸を作り、多くの人を育てるんです。 ここにある、”にっし
ょうじ”?とか、ここに沢山出ています。 そうすると、奥さんの、三女、四女とあるが、皆
蘭学者に嫁いでいる。 これは川本幸民自身が撮った写真なんですがね、現在学士院にある。
四女は高野長英の奥さん。 この辺の人達がドラマに出てくると面白いんではないかと…。
そう考えると川本幸民も大河ドラマになるのではないかと考えた訳です。
それと、もう一つは北条時宗などを見ていますと、侍のドラマは面白くないですね。 我々、
学者というか研究者の一生を、まあ、研究者も侍みたいなもんですわ。 色々、波瀾万丈有り
ますし、今度ノーベル賞を貰われた白川さんを見てもそうですし、化学者の一生を追うと波瀾
万丈がある。 そういうドラマの一つが、今の平和な時代の日本に大河ドラマとしてあっても
いいんですよ。 そうすると、川本幸民のドラマは未だありません。 緒方洪庵等はビデオなど
になって有りますが、この辺のところは幕末でもドラマにしてもいいのではないかと思って、
その辺を強調したらいいという意見が野上さん達の活動の議事録に出ていたものだから、少し協力
しようとこの会に参加した訳です。
それにしても、1年間というと1ヶ月4週として48回分有ります。 それを川本幸民だけでは
ねえ。 前もってお話があった「九鬼隆義をとりまく群像」、これは高田先生が随分調べておら
れる、三田藩士族のね、非常に面白い事があるんです。 福澤諭吉は川本幸民と非常に親しい、
坪井信道の弟子、緒方洪庵と一緒に学んでいるんです。 そこで諭吉は20年くらい居たんですが、
塾に入って卒業して、また東京に出てきて塾をやるんですね。 だから、福澤諭吉が三田に関係
したのは川本幸民が非常に関係しているんです。 東京で何か、福澤諭吉が困ると、色々川本幸民
に相談しているんです。 そういう、3人の人間関係、人と人との出会い、今日ここで皆さんに
お会いしたのも、また、三田で野上さんに会ったのも出会いですね。 人と人との出会いが歴史
を動かしているんですね。 そういう点でも非常に面白いから、誰かがシナリオを書いてくれれば
大河ドラマが実現するのではないかと、それなりに思った訳です。 水軍の話を前置きにして、
北海道開拓の赤心社まで持っていけばと作ったのが今回の48幕の内容です。
もう一つ疑問ですが、恐らく高田さんもご存じないと思いますが、川本幸民の生年月日が分から
ないんです。 年は1810年というのは分かっているんですが、何月何日に生まれたのかが分
からない。 だから、満で言うと何歳なのかが分からなくて、歴史の本を書く時に困るんです。
何故川本幸民の生年月日が分からないんですかね。 そういう疑問があるんです。
それからねぇー、刃傷沙汰ですが、本当の原因が何で、誰とやったかが分からない。 3〜4年前
に川本幸民の曾孫さんが来られたので質問しましたけど、矢張り文書はなく、殿様の取り巻きの人
で、その頃は未だ居られる時代だったので6年位蟄居させられる。 それも、隆国のお陰で切腹せず、
蟄居だけで済み、後に戻してもらうんですけどね。 その様に分からないところがあるところも
ドラマとしては面白いところです。 余りはっきり分かっていれば歴史の事をそのままやるから、
小説家は困るんですよ。 ある程度は正しくて、ある程度はミステリーで、創作で進める。 大抵
は書いているんですが、”このドラマはフィクションです” とか、NHKはそれで良いんですね。
そういう点では脚本家にある程度自由度があるというので、一応筋だけでも作ってみたらこの様
になった訳です。
後残っていて、野上さんも期待しているのは脚本を作る事で、1人1編でも良いんですよ。 それを
上手に脚本にする人が必要なんですね。 1人の脚本家で全てをやるというのがNHKのやり方で
すね。 宮尾登美子さんなど、今度、新平家物語を出しましたが、NHKも既にドラマ化を考えて
いるようですね。 それもあるんだけども、矢張り、あっちこちから持ってきてね。 もし皆さん
にお知合いが居るのであれば、何方か、水軍のところだけでもいいですし、後の方でもいいですから
お願いします。 何処かの学校の文芸部だとか、お若い脚本家などに書いて頂いて、それをNHKへ
持込んで、NHKで審査し、全体をまとめるというのでも結構だと思うんです。
盛り上がりで大河ドラマが出来ればと思います。 この活動も野上さんなどの努力で盛り上がって
きた訳ですから。 1人で小説を書き、1人でシナリオを書くというのではなく、そこで、ここが
問題ですね。 今日はオリエンテーションと門出だと思って頂いて、来て頂いた方は伝達役でね。
あの会はこんな事を言っていると、例えば有馬高校の文化祭ではここだけを取上げるとか、順番に
やっていけば、48幕ですから、競争でやれば出来る訳ですね。
ここでは、使った資料の何処を使っているのか、どういう所へロケーションへ行けばよいのか、
それから、ナレーションといってね、時々大河ドラマでも何かを見せて説明していますよね。
ああいう所があれば、大河ドラマは勉強になるでしょ。 総合学習ですよね。
まあ、そういう意味で脚本を書く上で参考になる事を取上げています。 私は年ですから、大河
ドラマが実現するまで居るかどうかは分かりませんが、もし皆さんが作られたら、その種を蒔いた
者として本望です。 今日はその様な所で終わります。 どうも有り難うございました。
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